令和7年 1月 アナログ学習のススメ
2月 なごり雪に寄せて
3月 忘れじの夢
4月 いいとこ見つけ隊 (対他人編)
5月 〃 (対環境編)
6月 〃 (対自分編)
7月 役に立ちます
8月 知るは楽しみなり
9月 孤高の ”カ・メハメハ”
10月 縦から横へ
11月 笑顔でMVP
12月 クリスマス・トリビア
令和8年 1月 うばい合えば
2月 心の準備を
アナログ学習のススメ (令和7年1月)
「読み書きそろばん」という言葉を最近ではあまり聞かなくなりました。
文字通り「読む」「書く」「計算する」という、初等教育の基礎となる能力です。
幕末には「読み書き算」と呼ばれ、特に商売の基本となることから寺子屋などで多くの子供たちに学ばれていました。
最近になって認知症予防の観点から多くの本が出版されるようなりましたが、読んでみるとその基本がまさにこの「読み書きそろばん」なのです。
書物や新聞などの短文を声を出して読む。同じく短文を書き写す。計算や図形の問題に取り組む。
その過程で頭脳が活発に働いて老化を防ぐと言われています。
スマホなどを利用してゲーム感覚で頭脳を鍛えるのもいいですが、ノートとペンを使ったアナログな学習法も見直されているようで安心しました。
ちなみに、英語では「reading, writing, arithmetic(アリスメティック=算数)」。
それぞれの単語に「r」が入っていることから「スリーアールズ(3R's)」とも言われます。
仕事や運動をやめたとたん衰えを感じるようになった、というのはよくある話ですね。
それまで無意識に使っていた能力・体力が、使われなくなって退化するのでしょうか。
面倒なことはしなくなりがちですが、使わない能力は弱くなります。
ラジオ体操が有効なのと同じように、頭脳の訓練も大切です。
お子さんから高齢者まで、体と頭のアナログ体操を大いに楽しみましょう。
1月の論語
「黙而識之、学而不厭、誨人不倦」
読・黙(もく)してこれを識(しる)し、学びて厭(いと)わず
人を教えて倦(う)まず」
意・静かに知識を得て、学ぶことを苦にせず
人に教えて飽きることがない
なごり雪に寄せて (令和7年2月)
先日、実在した福井藩の医師・笠原良策を描いた映画「雪の花」(監督・小泉堯史氏)を見て来ました。
平日の午前中にもかかわらずチケット売り場に行列ができていて、ちょっと驚きました(笑)。
吉村昭原氏による原作とほぼ同じ構成で、余分な脚色のない淡々とした作品でした。
科学の進歩というものは、決して著名な天才だけによってなされてきたものではないということを、改めて心に刻むことができました。
大学入学共通テストが終わりいよいよ本格的に入試シーズンが始まりましたが、みなさんも詰め込んだ知識をおごることなく、いつまでも謙虚に勉学に励んでください。
今は固く閉じている「雪の花」が、いつか大きく開くことを信じて。
立春過ぎに降る雪を、「なごり雪」といいます。
2月の論語
「人能弘道、非道弘人也」
読・人、能(よ)く道を弘(ひろ)む。
道、人を弘むるに非(あら)ず。
意・人は努力を重ねて徳の道を広めていく。
道が人を広めてくれるのではない。
忘れじの夢 (令和7年3月)
実現したい夢(目標)は、紙に大きく書きましょう。
さらに、その紙を目に付く場所に貼って毎日見つめましょう。
「〇〇に行きたい」「〇〇を目指す」「〇〇になりたい」…
自分の文字を見るたびに、願望がアップデートされます。
忘却曲線の話は以前にもしましたが、忘れないためには繰り返し”心に刻む”ことが唯一の方法です。
繰り返し入って来た情報は、脳が勝手に「これは大切なことだ」と判断してくれて、ベストポジションに保存されます。
そのためには、「1時間後、1日後、1週間後」、さらにことあるごとに記憶を呼び戻すことです。
1時間後の復習、翌日の確認、1週間後の定着、さらにテスト前のアップデート、牛のよだれのようにしつこく繰り返します。
忘れることを怖がらないで、どんどん覚えてどんどん忘れましょう。
そのうちに固かった引き出しがスゥーッと開くようになります。
家族や友達に話したり問題にしてみるのも、とてもいい訓練になります。
読みやすい参考書を見つけて、余白に新しい知識を書き込んでいきましょう。
テストで間違えた問題や、知らなかった知識など、色分けしたりして自分好みの参考書に作り替えれば最強の一冊になります。
この科目はこれ一冊、この本からどこが出題されても大丈夫。
その自信が、1年後の心強い味方になってくれるでしょう。
3月の論語
「君子不器」
読・君子は器(うつわ)ならず」
意・君子(人格者、指導者)とは、能力や役割を限定された器械のようなも
のではない。
(ひとつのことに秀でたスペシャリストではなく、広い視野でものを見
ることができ、幅広い人格を持った人であるべきだ)
いいとこ見つけ隊・対他人編 (令和7年4月)
自分だけ周りの人から浮いている、誰も自分を理解してくれない、そんなふうに感じたら「いいとこ見つけ隊」の出番です。
人は他人のことを否定的にとらえがち。
「他人が受け入れてくれない」のではなくて「他人を受け入れていない」のです。
でも心配はご無用。これからは「いいとこ見つけ隊」があなたの味方です。
月が地球を見て「地球のやつ、いつも暗い顔をしてやがる」とつぶやいていたら、太陽が「そんなことないよ、地球はいつも明るいじゃないか」と反論しました。
月が見ているのは地球の夜の部分、太陽の見ているのは昼の部分だからです。
あなたも他人を見て自分の知っている部分だけで判断していませんか。
もしそうだとしたら、それが相手に伝わらないはずはありません。
よく観察すれば、どんな人にもいい部分は必ずあります。
それをその人の最優先イメージとしましょう。
そしてストレートに「いつも親切にしてくれてありがとう」「細かい所に気づいてくれるからうれしい」と伝えましょう。
直接言いにくかったら、第三者に伝えてもOK。
直接言われるより「あの子があなたのことをこんなふうに言っていたよ」と間接的に聞いた方が、与える影響は大きいかもしれません。
人は言われたとおりの人間になろうとします。
「君はいつも表情が明るくて周りも助かってるよ」と言われたら、もっと明るくしていようと思いませんか?
お子さんにも「あなたは話せばわかる子だ」「やればできる子だと先生が言っていた」「あんなことができるなんてすごいね」と言ってあげましょう。
間違っても「どうせできないくせに」「いつも遊んでばかり」「また失敗したね」などと、一面だけのイメージを他人に植え付けてはいけません。
相手の素晴らしいと思う部分を、当の本人が意識して伸ばしてくれれば、相手もきっとあなたの素晴らしい個性を見つけてくれます。
それは自分でも気づかなかった新しい可能性かもしれません。
人間関係も、ずっと実のあるものになるはずです。
他人を肯定的に受け入れること、それが「いいとこ見つけ隊」の鉄則なのです。
4月の論語
「其身正、不令而行」
読・其(そ)の身正しければ
令(れい)せずとも行(おこな)わる
意・自身の行いを正しくしていれば
いちいち命令しなくても誰もが従ってくれる
いいとこ見つけ隊・対環境編 (令和7年5月)
先月、相手の「いいとこ」を見つけてそれを伝えることで、お互いのコミュニケーションがよくなるという話をしました。
今月はもっと範囲を広げて、環境の「いいとこ」を見つけようというお話です。
悪い報せを聞いたとき必ず「おおっ、それはよかった」という言葉で始まる返事をするというゲームがあります。
例えば「電車が運休になっているようです」と言われたら「おおっ、それはよかった。車の中でじっくり打ち合わせができるじゃないか」。
あるいは「ホテルの予約が日付け違いで取れていませんでした」と言われても「おおっ、それはよかった。以前から漫画喫茶に泊まってみたかったんだ」という具合です。
「物事にはいいも悪いもない。どう解釈するかの違いがあるだけだ」とよく言われますが、まさにその通り。
過去の不幸や失敗のおかげで、大きな幸運をつかんだという例は世の中にたくさんあります。
恵まれない環境から這い上がった人物が偉大な業績を成したという実話も数えきれません。
他人は変えられませんが、過去は変えられます。
状況の中から「いいとこ」を見つけて、「それはよかった」「それもよかろう」と言える余裕があれば、新たな可能性に気づけるかもしれません。
「円高(円安)だから」「インフレ(デフレ)だから」という風潮に惑わされることなく感謝すべき一点を見つける才能は、この時代において何より尊いと思います。
さてここからは余談ですが
「今月の6日(火)って、なんで休みになるの?」と疑問に思った方はいらっしゃいませんか?
月曜日が振替休日というのはよくある話ですが、火曜日に振替えなんて。
(解説)
3日は憲法記念日、4日はみどりの日、5日はこどもの日、と3日連続で祝日が続くため、この3日間のいずれかが日曜日になった場合「次の平日を振替休日とする」という振替休日制度(1973年制定)に従って、6日(火)が休みになっているんです。
来年は5月3日が日曜日ですので、4日、5日の祝日をまたいで6日の水曜日が振替休日(3~6日の4連休)になります。
5月の論語
「黙而識之、学而不厭」
読・黙(もく)してこれを識(しる)し
学びて厭(いと)わず
意・黙ってさまざまなことを見聞きし
学ぶことを苦にしない
いいとこ見つけ隊・対自分編 (令和7年6月)
4月の “対他人編” で「人は相手に言われたとおりの人間になろうとする」と書きましたが、実は自分自身も同じように、人に言われたとおりの人間になろうとするものなのです。
「いつも笑顔が絶えませんね」なんて言われたら、少々イヤなことがあってもニコニコしているしかないですからね(笑)。
これを利用して、自分にで自分に影響(自己暗示)を与えることができます。
自分の中にある可能性を見つけて、「自分は〇〇できる」「私は〇〇な人間だ」と繰り返し言い聞かせるのです。
家にいると本を読むのが面倒なのに図書館に行くと1時間でも集中して読めるというのは、みんなが読書しているからでしょうか。
泣ける映画やドラマが好まれるのは、その感動によって自分が優しい人格を体験できるからでしょう。
また、戦場は人を狂わせると言われるように、緊張した場面では人間の好戦的な側面が現れやすくなります。
このように、人は身を置いた環境に左右されやすいものです。
自分の「いいとこ」を見つけて、それにふさわしい環境と人間関係を構築すれば、自分の中に秘められた可能性がきっと大きく開花することでしょう。
「知るは楽しみなり」
相手、環境、そして自分の「いいとこ」をたくさん見つけて繰り返し声に出してみましょう。
自分を嫌いにならないように
自分に恥ずかしくないように
「いいとこ見つけ隊」は、いつも君の味方です。
6月の論語
「人而不仁、如礼何」
読・人にして仁(じん)ならずんば
礼(れい)を如何(いかん)せん
意・人として誠意がなければ
礼儀について何を語ってもしようがない
役に立ちます (令和7年7月)
「学校の勉強なんて役に立たない」と思っている子供が、残念ながら大勢います。
それこでひとつお聞きしますが、ラジオ体操はアスリートにとって役に立ちませんか?
もちろんラジオ体操がうまいだけでは、どのスポーツでも金メダルは取れないでしょう。
けれどラジオ体操が正確にできないようでは、やはりメダルは望めません。
どうしてでしょうか。
学校で得た知識が、その後の人生にとって役に立たないとしたら、それは役に立たないような勉強をしているからです。
そもそも役に立たないものを詰め込もうという姿勢が、間違っています。
「こいつは役に立たない」と思って付き合っている友人が、あなたの役に立ってくれないのと同じです。
勉強の本当の意味と目的を理解しないまま続けていれば、ますます勉強がつまらなく無意味なものになるでしょう。
小中学校までは、復習中心の勉強でかまいません。
けれどその先は予習前提・やる気前提です。
結果のわかりきった実験や観察や疑問、そんなものに意味はありません。
意味を見つけるのは、自分の責任であり自分の能力です。
役に立つように自己消化することこそ、勉強の目的にほかなりません。
因数分解もイオン式も、肥やしにしてどん欲に吸収する姿勢がなければ、その先にあるものには手も届かないし、見つめることすらできません。
勉強は道具ではありません。
ラジオ体操と同じく、姿勢を正してくれる頭脳の基礎トレーニングです。
正しく真摯な姿勢で学べば、必ず大きな支えとなり道しるべとなります。
若いうちにそれを肝に銘じて、知識や教養を正しい方向に使えるように、常に心掛けてください。
はい、約束します。
それは、いつか必ずあなたの役に立ちます。
7月の論語
「学而時習之、不亦説乎」
読・学びて時にこれを習う
また説(よろこ)ばしからずや
意・知識を学んで、折をみて復習してみる
こんなに楽しみなことはないだろう
知るは楽しみなり (令和7年8月)
中学生の頃、ベートーベンの「運命」を2種類聞かせていただきました。
ひとつの楽譜でも、指揮者によって演奏が違うということを初めて知りました。
同じ対象物を研究していてもアプローチや解釈の違いによって結論が違ったり、同じ土地を訪れても人によって見るもの聞くものが違うということ、同じ絵画や映画から見る人の知識や経験によって違う印象を受けることを子供ごころに感じるようになりました。
知識が役に立つか立たないかという以前に、人間には知識欲(未知のものを解き明かしたいという気持ち)があります。
知らなくて困らないことでも、知っていると楽しみが増えることが世の中にはたくさんあります。
以前にもご紹介しましたが、昔NHKの「クイズ面白ゼミナール」という番組がありました。
その冒頭で毎回、司会の鈴木健二アナウンサーが「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん持つことは人生を楽しくしてくれるものでございます」という挨拶をされていました。
(この言葉の原典は、文末の「今月の論語」で紹介します)
私は今でも生徒さんにこの言葉を話しています。
たとえば「トップガン」という映画を見るとき、空中戦の基本戦術を少しでも知っていると面白さが倍増します。
先ごろ公開された「F1(エフワン)」という映画も、モータースポーツの最高峰であるF1(フォーミュラーワンの世界選手権)のテクニカルレギュレーション(技術的な規約)とスポーティングレギュレーション(マナーとしての規約)について調べてみると、駆け引きの妙がわかって感動が倍増します。
まさに「知るは楽しみなり」です。
この11月からお馴染みのジャポニカ学習帳(ショウワノート株式会社)の表紙が何年ぶりかで変更されるそうです。
私が子供の頃は昆虫の写真が印象的でしたが、昆虫を怖がる子供が増えて花の写真に変わり、今度はもっと印象のやさしいイラストに変更されるとのこと。
これと同じように、ロングセラーと呼ばれるほとんどの商品は、その時代の好みや世相を取り入れて消費者も気づかないような変革を繰り返しています。
言われなければ気づかないような些細な学習の積み重ねが、私たちの歴史を編んでいます。
知識は荷物になりません。
どうぞ存分にお持ちください。
8月の論語
「知之者不如好之者
好之者不如楽之者」
読・これを知る者は、これを好む者にしかず
これを好む者は、これを楽しむ者にしかず
意・知識を持っているだけでは、それを好む者に及ばない
好むだけでは、楽しむ者に及ばない
孤高の ”カ・メハメハ” (令和7年9月)
米メジャーリーグで投手として活躍し、のちにホームランバッターとなって “元祖二刀流” とか “野球の神様” と呼ばれるベーブルース。
私はずっと “べイ・ブルース” だと思っていたのですが、ある日 “べーブ・ルース” だと知ってちょっとショックでした(笑)。
そう言えば、“清・少納言” を “清少・納言” だと思っている生徒さんが少なくありません。
“清”は彼女の名字 “清原” から、“少納言” は彼女の官職から付けられたペンネームです。
同じく、“紫・式部” の “紫” は彼女の作品「源氏物語」の主要人物 “紫の上” にちなんだもの、“式部” はやはり官職名です。
スペインの文豪セルバンテスの代表作「ラ・マンチャの男」(ラマン・チャではありません)の主人公 “ドンキホーテ” は、“ドン・キホーテ” が正しい読み方です。
“ドン” は男性に対する愛称、“キホーテ” が彼の名前で、さしずめ 「キホーテおじさん」 といった意味でしょうか。
昔NHKで放送されていた「ひょっこりひょうたん島」をご存知の高齢の方は、ドン・ガバチョという登場人物でおなじみの呼び名だと気づかれたことでしょう。
今でも「球界のドン」などという呼び方として使われます。
おなじみ”マク・ドナルトMc Donald's “の “マック=Mc” は、スコットランドやアイルランド系の名前の頭によく付けられる「~の息子」という言葉で、「ドナルドさんの子孫」といった意味になります。
マッカートニー、マッケンローなどの“マック”も同様です。
タンザニアにあるアフリカ大陸最高峰の火山 “キリマンジャロ”(標高5895m)は、“キリマ(スワヒリ語で山)・ンジャロ(輝く)”。
カリブ海の西インド諸島にある魅惑の島 “プエルトリコ” は、“プエルト(スペイン語で港)・リコ(美しい)”。
また、じゃがいもやバラの品種 “メイクイーン” は、メーデーの祭りで選ばれたレディに与えられる称号 “May(五月)・Queen(女王)” から名づけられ、長く愛される品種になるようにという願いがこめられているそうです。
他にも、“コレステロール” は “コレ(ギリシア語で胆汁)・ステロール(固体)”
“ヘリコプター”は、“ヘリコ(らせん)・プタ(翼)” ということを知って、この原稿を書きながら少し笑ってしまいました。
さて、太平洋の王として名高い “カメハメハ大王” 。
正しくは、“カ(ハワイ語でTheの意味)・メハ(孤独)・メハ(同)”。「とても孤独な人」、「ただ一人の人」というような意味とのことです。
1810年にハワイ諸島を初めて統一し初代国王となった人物ですが、残念ながら写真機が発明される少し前のことで、あの像も本人をモデルにしたものではありません。
今もホノルルシティの西、ダウンタウン地区に一人たたずむ “メハメハ王” 。
彼の身にどんな孤独が寄り添っていたのか、大いに気になるところです。
9月の論語
「君子周而不比
小人比而周」
読・君子は周(しゅう)して比(ひ)せず
小人は比して周せず
意・君子は誰とも親しく接して、特別な人におもねることはないが
小人は一部の人と派閥を作って、多くの人と親しもうとしない
縦から横へ (令和7年10月)
現代の世界において公文書で縦書きと横書きが併用されている言語は、日本語の他にほとんどありません。
日本でも、テレビや街で見かける広告の多くが、かつての縦書きから横書きに変化しています。
教科書も国語以外はほとんど横書きになりました。
書類やパンフレットなども、最近では横書きのものが増えたように思います。
パソコンやスマホで縦書きをすることはまずないでしょう。
にもかかわらず、新聞、小説をはじめ多くの出版物は今も縦書きのままです。
視線の動きは上下より左右の方が早く、認識度も高いという研究結果が出ています。
横書きの方が、短時間のうちに視界から入る情報量とその理解度が高いということです。
何より、外国語や数字・数式混じりの文章が書きやすく読みやすくなります。
広告がほとんど横書きになったのも、そういった理由からでしょう。
看板も懸垂幕(けんすいまく=ビルの屋上から垂れ下がる広告幕)も、横長のものが多くなりました。
原稿用紙を使用する作家を除いて、原稿は横書きなのに出版される文章は縦書きということが珍しくありません。
(このコラムも雑誌に掲載されているときは縦書きでした…笑)
海外の文化が押し寄せた明治時代から文章を横書きに統一しようという動きはあったようですが、戦時中の国風重視の風潮等によって議論が中断され現在に至っています。
もちろん外国でも、文化としての縦書きと横書きの併用は多く遺されています。
文化遺産や歴史書、芸術書などには、これからも縦書き文化が継承されることになるでしょう。
そのうえで、もうそろそろ日常生活で触れることの多い新聞、広報、雑誌、小説などは、横書きに統一してもいいのではないでしょうか。
将来の読書率向上にも繋がると思うのですが。
10月の論語
「有教無類」
読・教えありて類(るい)なし
意・何を学ぶかによって人格の差が生じる 生まれつきの差ではない
笑顔でMVP (令和7年11月)
各界で今年のMVP(Most Valuable Player=最も価値のある選手)が話題になる季節になりました。
野球界では昨年大谷翔平選手が米大リーグ(MLB=Major League Baseball)のMVPに選出されて、大盛り上がり。
そんなMVPに、あなたもチャレンジしませんか?
たとえば車を運転中、なかなか車列に入れない車を見かけたら、そっと車間を開けてあげる。
反対に道を譲ってもらったら、相手に軽く手をあげて目礼する。
横断しかかっている歩行者の手前で、どうぞと手で合図してあげる。
そんな些細なことで「本日の運転マナー部門MVP」になった気分で一日を過ごせます。
また、飲食店の自動レジでもたついている人に「急がなくてもいいですよ」と声をかければ「本日のお客さま部門MVP」という具合です。
MVP受賞の秘訣は。まず笑顔になること。
そんなにおおげさな表情でなく、唇の両端を少し持ち上げるくらいで十分。
そうすると、不思議と心が軽くなったように感じます。
テーマパークやリゾート地にいるときのように、どこにいても自然に笑顔になる習慣(くせ)をつけましょう。
ほんの少し表情をやさしくするだけで、「いいことをしよう」とか「人によく思われよう」などと構えない心の余裕が生まれます。
そうやって人との暖かい交流を繋げていれば、次第に自然な笑顔で過ごせる時間が増えていきます。
誰もが金メダルやノーベル賞を目標にすることはできないけれど、「本日のMVP」なら誰にでも獲得のチャンスがあります。
しかも、随時開催&即エントリー可能。
さあ、あなたも今日から、目指せMVP!
11月の論語
放於利而行、多怨
読・利によりて行えば
怨み多し
意・自分の利益ばかり考えていると
不満をかうことが多くなる
クリスマス・トリビア (令和7年12月)
「クリスマス」とは「「Christ(キリスト、クライスト)」と「mass(ミサ=礼拝)」をつないだ言葉で、「イエス・キリストの降誕を祝う祭日」のこと。
「キリストの誕生日」ではありません。
キリストの誕生について、聖書のどこにも日付の記載はありません。
キリストを意味するギリシャ語「Χριστός(クリストス=油を注がれた者)」の頭文字であるギリシャ文字「Χ(カイ)」が十字架に似ていることから、キリストの象徴としてXが使われるようになりました。
つまり、Xは省略形ではなくそれ自体でキリストを表すため、「X’mas」のようなアポストロフィ(')は不要です。
ただし現在の英語圏では「Xmas」はあまり使われず、「Christmas」と書く方が普通です。
「イブ(eveningの略語)」は前日・前夜という意味で「クリスマス・イブ」や「ニュー・イヤーズ・イブ(大晦日)」「イブ・オブ・ザ・ウェディング(結婚式前夜)」というように使われます。
キリスト教の古い暦では日没に新しい日が始まるとされていたので、12月24日の日没から25日の日没までをクリスマスとしていました。
ちなみに「ジーザス (Jesus) 」という呼び名は、ラテン語「イエス(Iesus)」の英語読みです。
話変わって、1950年(昭和25年=終戦から5年後)12月24日付けの読売新聞夕刊に「銀座でケーキがたくさん売れた。これは初めての現象だ」という記事が載っています。
つまりこの年から、日本人の間にクリスマスにはケーキという習慣が始まったと言えるでしょう。
けれど意外なことに、アメリカにはクリスマスにケーキを食べる習慣はありません。
ただ、米軍の一部でクリスマスにデコレーションケーキを食べる習慣があったようで、それを見た日本人がアメリカの一般的な習慣だと勘違いしたのでしょうか。
日本ではクリスマスケーキと言えばイチゴのケーキが一般的ですが、ヨーロッパには少し違った形でクリスマスにケーキを食べる習慣があります。
たとえば、イギリスではクリスマス・プディング(ドライフルーツなどを蒸したケーキ、ブランデーをかけてフランベする)
フランスではブッシュ・ド・ノエル(ロールケーキを切り株に見たててデコレーションしたもの)
イタリアではパネトーネ(ドライフルーツが入った発酵菓子パン)など。
どれも家族愛をお盆に乗せたような食べ物です。
最後に、クリスマスツリーをいつまで飾っておくかという大問題(笑)。
キリスト教の伝統では、クリスマスシーズンの終わりである1月6日の公現祭(こうげんさい=エピファニー、東方の三博士が幼いイエスを礼拝するために訪れた日)まで飾るのが正式な考え方とされています。
(全くの余談ですが、私は教会の幼稚園に通っていましたので、クリスマス会でこの三博士の一人を演じた記憶があります)
大掃除と新年のお飾りに急かれて、あわてて片付ける必要はありませんのでご安心ください。
それでは皆様、心豊かなクリスマスを。
そして、廻り来る新たな年が、皆様にとって幸多いものでありますように。
12月の論語
徳不孤、必有鄰
読・徳は弧ならず、必ずとなりあり
意・正しい行いをしていれば、必ず親しい仲間が現れる
日本で初めてアイフォン(3G)が発売された2008年(平成20年)。以来17年間、毎月月末に合わせてこのコラムを書いてきました。
これからは字数にとらわれずに、日記らしく気楽に書いてみようと思います。
うばい合えば (令和8年1月)
昨年12月26日、来年度の予算案が決定されました。
総額122兆円越え(過去最大)、財源不足を補うための新規国債発行額は約29兆6千億円で、これにより国債依存度は24.2%となりました。
これに直接コメントする立場にはないのですが、気になるのは毎度おなじみの街角インタビュー。
「今の政治に何を望みますか」との質問に対して、高齢者は「年金」と「福祉拡充」、子育て世代は「こども手当」と「学費補助」、サラリーマンは「賃上げ」と「減税」、都会では「公共料金値下げ」、過疎地では「補助金」等々
「あげたくない」「もらいたい」の大合唱。
これでは国家予算が膨大になるのも無理ありません。
しかも財源の4分の1は、誰も責任を取らなくていい「未来の誰か」からの借金なのです。
問題・手より長い箸があります。これを使ってご飯を食べるには、どうしたらいいでしょう?
答え・二人向き合って、お互いに食べさせ合えばいい。
そんな問答も、今はただの笑い話なのでしょうか。
今月の言葉
「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」 (相田みつを)
心の準備を (令和8年2月)
「気体の錬金術」とも呼ばれる革新的な技術を開発し、昨年のノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授。
受賞決定直後の記者会見で、「私が初めてこの研究について発表したとき、みんなに信じてもらえずに悔しい思いをしました。涙か汗かわからないくらい泣いたこともありました」と、当時の苦労を話されました。
未知の世界に飛び込もうとする人に対して、世間が懐疑の目を向けることは珍しくありません。
「トルネード投法」で知られる野茂英雄投手がドジャースとマイナー契約を結んだとき(1995年2月)、日本の球界やマスコミの一部から「球団や監督との確執から逃げたいだけだ」「日本人が大リーグでやれるわけがない」などといった言葉が浴びせられたのは記憶に新しいところ。
古くは、「地動説」のガリレオ・ガリレイ、「大陸移動説」のアルフレッド・ウェゲナー、「遺伝の法則」のグレゴール・メンデル、「ポスト印象派」とされる画家フィンセント・ファン・ゴッホなど。
歴史に名を連ねる彼らもまた、先駆者たちから長年にわたって冷遇されています。
最近の新型コロナやインフルエンザの流行に際して改めて見直された「手洗い」を最初に提唱したイグナーツ・ゼンメルワイス氏は、医学界から狂人扱いされた末に精神病院で亡くなったと伝えられています。
その後、細菌学の分野で彼の考えが正しかったことが証明されたのは言うまでもありません。
話は戻りますが、北川教授は先の会見の締めくくりに下記(文末)のパスツールの言葉を紹介したうえで「失敗を繰り返しても、幸運を信じましょう」と笑顔で語られました。
この季節、新しい世界への壁に挑む若者たちにも、胸に燃える希望の炎を信じなさいと伝えたいものです。
君たちの歩く険しい雪道の地下深く、春の息吹を信じて待つ花々の命が確かに芽生えているのだから。
今月の言葉
「幸運は準備された心に宿る」
英訳・Chance favors the prepared mind.
(フランスの細菌学者ルイ・パスツール)